宮川町

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宮川町についてMiyagawa Cho

鴨川のほとり、歌舞伎の隆盛とともに
発展した花街、宮川町。
芸に生きる芸妓、舞妓たちが
育んだ歴史と文化がここにあります。

京都の花街「宮川町」

京都には、八坂神社の門前に「祗園甲部」「祗園東」、鴨川の流れに沿って「先斗町」「宮川町」、そして北野天満宮の近くに「上七軒」と5つの花街があり、総称して京都五花街といわれています。
京都の花街は江戸時代から続く、歌舞、音曲(おんきょく)のたぐいを専門とする芸妓、舞妓がお茶屋の座敷でお客様に芸を楽しんでいただく場所で、花柳界ともいわれています。

京都の花街「宮川町」

伝統と格式を重んじる花街では、一年を通して種々の行事が行われます。新年の挨拶まわりから始業式、夏の八朔、そして事始めなど季節の節目ごとに行われる行事には、「けじめ」や「感謝の心」が色濃く息づいています。社寺との結びつきは強く、八坂神社の節分祭や祇園祭り、平安神宮の時代祭りなど接点が多くあります。
また春と秋に各花街で催す踊りは、何よりも華やかな行事です。宮川町では春の「京おどり」、秋の「みずゑ會」がこれに当たります。

京都の花街「宮川町」

年間の行事・催し

1
睦月

始業式

芸妓、舞妓が黒紋付きの正装を身にまとい、花街の一年の始まりを告げる式典。
関係者だけで厳かに行われます。

2
如月

節分

八坂神社の節分祭では、神前で四花街の芸舞妓による奉納舞踊と豆まきが行われます。

4
卯月

京おどり

昭和25年より続く宮川町の芸妓、舞妓が総出演の舞台。

平安神宮例祭

大極殿前の特設舞台で、四花街の舞妓による奉納舞踊が行われます。

6
水無月

都の賑い

京都の五花街(祇園甲部、祇園東、先斗町、上七軒、宮川町)の芸舞妓が一堂に会して行なわれる京都五花街合同公演。

7
文月

祇園祭

日本三大祭の一つ。後祭の花笠巡行に参列し、八坂神社での奉納舞踊も行います。
(隔年参列)

8
葉月

八朔(はっさく)

芸舞妓がお師匠さんやお茶屋さんをまわり、日頃の感謝を込めてご挨拶に伺います。

10
神無月

みずゑ會

平成18年に復活した秋の舞台。日頃のお稽古の成果を発表する会。

時代祭

京都三大祭の一つ。宮川町の芸妓が「巴御前」を務めさせて頂きます。
(花街で交替制)

11
霜月

祇園小唄祭

仕込さんの頃から習う、舞妓さんには馴染みの深い『祇園小唄』を讃え、円山公園内の歌碑の前で献花などが行われます。(花街交代で参加)

12
師走

南座 顔見世総見

京都で師走の風物詩となる南座顔見世興行に芸舞妓が揃って観劇。
歌舞伎役者さんの芸を学びます。

事始め

“お正月の準備をこの日から始める“と云う意味で、その年一年間のお礼と、
翌年もお頼申しますとご挨拶に回ります。

宮川町の歴史

今から八百十余年前に開かれた日本最古の禅宗寺院「建仁寺」、その境内地を取りまくように花街は形成されています。
十六世紀後半、豊臣秀吉が方広寺、伏見城を築いたことにより、大和大路はにわかに人の往来が増え、その街道沿いに町並みができはじめました。現在の宮川町地区は当時広大な鴨川の河原であったと見られています。鴨川の四条より南は、毎年祇園社の神輿洗いが行なわれていたので、宮川と呼ばれ、この川筋に出来たのが宮川町です。今日でも「宮川筋○○丁目」と呼ばれているのは、河原に発展した「筋・通路」であったためとされています。寛文六年(1666)に宮川町通りが開通、寛文十年(1670)に鴨川護岸の石積みが完成し、宮川町の町並みが整い、また当時の歌舞伎の流行とあいまって茶屋町として発展してきました。
その後、明治六年(1873)には、女紅場の前身、婦女職工引立会社(翌年に女紅場と改称)が設立されました。

宮川町の歴史

宮川町旧歌舞伎練場表入り口付近(大正5年ごろ)

明治二十九年(1896)、女紅場の教習の場として使用されていた教場を改築して歌舞練場を建設しました。さらに大正五年(1916)、新歌舞練場を建設し披露の「温習会」を開催しています。昭和二十五年(1950)には、第一回「京おどり」が行われ、一時期南座で開催されたこともあるが平成31年に第70回の公演を数え、春の年中行事として観覧者を楽しませています。 昭和四十五年(1970)、歌舞練場の大改築により客席は桟敷席から椅子席となり、現在の外観を構成しています。
一方、芸妓、舞妓がお稽古をする東山女子学園は昭和四十四年(1969)に学校法人の認可をうけ、昭和四十六年(1971)より途絶えていたみずゑ會(温習会)を平成十八年(2006)に復活するなど芸妓、舞妓の伎芸の研鑽に励んでいます。

宮川町の歴史

「女紅場」額 学校法人:東山女子学園(蔵)

伝統伎芸と
おもてなしの担い手

伝統伎芸とおもてなしの担い手

芸妓には、舞・三味線をはじめとする芸事、茶道などの伝統文化の習得に加えて、お客様と充分に対応できる教養、洗練された立ち居振る舞いなどが求められます。お座敷に華やぐ芸妓は、長い歴史の中で培われてきた伝統伎芸とおもてなしの担い手といえるでしょう。
芸妓さんへの道のりは長く、舞妓さんは「芸妓」になるための修業期間として位置付けられています。その舞妓になるには、さらに「仕込み」「見習い」として1年近くの修業期間があります。そこで花街のいろはを学びながら芸事のお稽古を積み、晴れて舞妓として「お店出し」を向えます。(年齢的に芸妓としてデビューする方もいる)舞妓になってからも、舞踊、長唄、鳴物など古典芸能を中心にお稽古を重ね、お座敷ではお茶屋の女将さんや先輩芸妓の姉さん方から、お客様を“おもてなし”する術を学んでいきます。
数年をかけて様々な芸事を身に付け、お座敷での経験を積み重ねてようやく芸妓さんになる事を認められます。
舞妓から芸妓へなる日を「衿替(えりかえ)」と云います。
これまで自分の髪で結っていた髪型が「かつら」へと代わり、幼さを象徴していた「だらり帯」や「おこぼ」も履かなくなり、この日から芸妓としての装いで生まれ変わります。

芸妓さん・舞妓さんの一日

  • 身支度

    舞妓さんは髪を結ったまま就寝するので、朝は髪のお手入れが欠かせません。
    芸妓も舞妓も日常のお着物は自分で着付けています。

  • 午前

    10時頃より歌舞練場でのお稽古が始まります。
    お稽古が終わるとお茶屋さん回り。30軒近くのお茶屋さん一軒一軒へご挨拶に回ります。

  • 午後

    午後からもお稽古が続きます。
    お稽古が終わればお座敷に向けての着付けやお化粧(白塗)など支度を整えます。
    舞妓の衣裳は着せて頂く専門の方にお願いしています。

  • お仕事

    午後6時頃よりお茶屋のお座敷やお料理屋さんに寄せてもらい、舞の披露やお座敷遊びで お客様をおもてなしします。
    また、京都で大きな会議やパーティーが行われる際には必ずと言って良いほど呼んで頂いています。

芸妓さん・舞妓さんの一日